再生可能エネルギーの普及に不可欠とされるBESS(バッテリーエネルギー貯蔵システム)。クリーンな未来を築くための切り札として期待される一方で、その裏側にある環境や社会への影響については、あまり知られていません。この記事では、BESSが持つ「光」と「影」の両側面に光を当て、そのメリット・デメリットから、課題を乗り越えるための最新技術まで、専門的な情報を誰にでも分かりやすく解説していきます。
世界がカーボンニュートラルの実現に向けて大きく舵を切る中、太陽光や風力といった再生可能エネルギー(再エネ)の導入が急速に進んでいます。しかし、再エネには「天候に左右され、電力供給が不安定になる」という大きな弱点があります。この課題を解決するキーテクノロジーこそが、BESS、すなわち大規模な蓄電システムなのです。
太陽が照っている昼間に太陽光発電でつくった電気をBESSに貯めておき、夜間に使う。風が強い時に風力発電でつくった電気を貯めておき、風がやんだ時に使う。このように、BESSは電力の需給バランスを調整する「調整弁」の役割を果たします。これにより、これまで不安定さが故に導入が難しかった再エネを、電力網の主力として活用する道が拓かれます。
BESSの役割は、再エネの出力変動を吸収するだけではありません。電力需要が急増した際に蓄えた電力を放出(放電)することで、電力網全体の安定性を保ち、大規模停電のリスクを低減します。いわば、電力網の「巨大なバッファー」として、私たちの暮らしに欠かせない電力インフラを陰で支えているのです。
BESSの普及は、私たちの社会に具体的にどのような環境メリットをもたらすのでしょうか。ここでは、代表的な3つのポイントを見ていきましょう。
前述の通り、BESSは再エネの不安定さを補うことで、その導入可能量を飛躍的に増大させます。日本でも、電力系統の制約によって再エネの受け入れが制限される「出力制御」が問題となっていますが、各地でBESSの実証実験が進められており、出力制御の回避に大きな成果を上げています。
電力需要のピーク時に稼働する火力発電所の多くは、燃料費が高くCO2排出量も多い、非効率な発電設備です。BESSがあれば、比較的電力が余る時間帯に充電し、ピーク時に放電することで、こうした火力発電所の稼働を最小限に抑えることができます。これにより、電力システム全体のCO2排出量削減に大きく貢献します。
少し専門的な話になりますが、「グリッドフォーミング(Grid Forming)」という新しい技術を搭載したBESSが注目されています。これは、BESS自体が電力網の安定性(周波数や電圧)を維持する「司令塔」のような役割を担う技術です。この技術により、将来的に電力網に接続される発電機の大部分が再エネになったとしても、システム全体の安定を維持することが可能になると期待されています。
BESSが持つ輝かしいメリットの一方で、私たちはそのライフサイクル全体、つまり原材料の採掘から製造、そして廃棄に至るまでのプロセスに潜む深刻な課題にも目を向けなければなりません。
BESSの主要なバッテリーであるリチウムイオン電池には、リチウムやコバルト、ニッケルといったレアメタルが不可欠です。しかし、これらの資源の採掘は、地球環境や現地の人々の人権に大きな犠牲を強いている場合があります。
リチウムの世界的な産地である南米の「リチウム・トライアングル」(チリ、アルゼンチン、ボリビアにまたがる塩湖地帯)では、大量の水を蒸発させてリチウムを抽出する方法が主流です。この方法は、ただでさえ乾燥した地域の貴重な水資源を枯渇させ、生態系を破壊するだけでなく、現地で暮らす先住民族の生活をも脅かしています。
コバルトの約7割を産出するアフリカのコンゴ民主共和国では、劣悪で危険な労働環境が深刻な問題となっています。国際的な人権NGOの報告によれば、7歳の子供までもが手作業で鉱石を掘り、多くの労働者が防護具もなしに有毒な粉塵を吸い込むことで、致命的な呼吸器疾患や皮膚炎に苦しんでいます。さらに、鉱山からの排水が川や土壌を汚染し、地域住民、特に女性の生殖機能に深刻な健康被害を引き起こしていることも明らかになっています。
バッテリーの製造、特に電極を乾燥させる工程では、多くのエネルギーが消費され、CO2が排出されます。ライフサイクル全体で評価(LCA: Life Cycle Assessment)すると、電気自動車(EV)は走行時にはCO2を排出しませんが、そのバッテリー製造段階での排出量がガソリン車を上回るという指摘もあります。BESSも同様に、製造時の環境負荷をいかに低減するかが大きな課題です。
使用済みのリチウムイオン電池は、適切に処理しなければ環境汚染の原因となりますが、そのリサイクルは技術的にもコスト的にも容易ではありません。2022年時点での世界全体のリサイクル率は、わずか5%程度という衝撃的なデータもあります。欧米では使用済み電池の回収スキームすら十分に確立されておらず、多くの電池が「行方不明」になっているのが現状です。
BESSに使われるバッテリーはリチウムイオン電池だけではありません。ここでは、代表的な4種類のバッテリーについて、環境側面での長所と短所を比較してみましょう。
リチウムイオン電池
・エネルギー密度が高い
・長寿命
・原材料採掘に環境
・人権リスク
・熱暴走による火災リスク
鉛蓄電池
・リサイクル技術が確立(率90%以上)
・低コスト
・鉛や硫酸など有害物質を含む
・寿命が短い
NAS電池
・資源が豊富(ナトリウム、硫黄)
・長寿命、大容量
・300℃の高温で作動させる必要
・ナトリウムによる火災リスク
レドックスフロー電池
・電解液の交換で半永久的に使用可能
・発火リスクが極めて低い
・エネルギー密度が低い(大型になる)
・希少なバナジウムを使用する場合がある
深刻な課題がある一方で、それを乗り越えようとする力強い動きも世界中で生まれています。規制、技術革新、そして企業の取り組みという3つの側面から、その最前線を見ていきましょう。
2023年、欧州で「EU電池規則」が施行されました。これは、バッテリーのライフサイクル全体にわたる持続可能性を義務付ける画期的な法律です。具体的には、CO2排出量の表示、リサイクル材の利用率の最低基準設定、そして人権・環境デューデリジェンス(企業がサプライチェーンにおけるリスクを特定し、対処する義務)などが盛り込まれています。これにより、企業は自社の製品が「どこで、誰が、どのように作ったのか」を証明する必要に迫られ、サプライチェーン全体の透明化とサステナブル化が加速することが期待されます。
環境・社会的な課題を根本から解決するため、世界中の研究者や企業が次世代バッテリーやリサイクル技術の開発に鎬を削っています。
コバルトやリチウムといった希少で地政学的なリスクの高い資源を使わず、地球上に豊富に存在するナトリウム(塩の主成分)を利用する「ナトリウムイオン電池」の実用化が目前に迫っています。エネルギー密度はリチウムイオン電池に劣るものの、低コストで資源リスクがないという大きなメリットがあり、定置用のBESSとしての普及が期待されています。
従来のリサイクル法(高温で溶かして金属を取り出す乾式製錬など)は、多くのエネルギーを消費し、CO2を排出するという課題がありました。これに対し、使用済み電池から正極材などを直接再生する「ダイレクトリサイクリング」という新技術が注目されています。日本のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究では、この技術を用いることで、資源の回収率を大幅に向上させつつ、CO2排出量を約47%も削減できる可能性が示されています。
人権や環境に配慮した鉱物調達を目指す国際的な枠組み「RMI(責任ある鉱物イニシアチブ)」に参加する企業が増えています。また、ブロックチェーンなどの技術を活用し、鉱物が採掘されてから製品になるまでの全工程を追跡可能にする「トレーサビリティ」を確保する動きも出てきており、サプライチェーンから人権侵害や環境破壊を排除しようという取り組みが広がっています。
BESSは、カーボンニュートラル社会を実現するための強力なツールであることは間違いありません。しかし、その恩恵を最大限に享受するためには、製造の裏側にある環境負荷や人権問題から目を背けることはできません。
私たち消費者にできることは、まずこうした事実に関心を持つことです。そして、企業に対して、より透明性の高い、サステナブルな製品づくりを求めていくことが重要です。
EUの電池規則のような規制強化、ナトリウムイオン電池のような技術革新、そして企業の意識改革が一体となることで、BESSは真にクリーンで持続可能なエネルギーシステムの核となることができるでしょう。その未来を選ぶのは、私たち一人ひとりの選択にかかっています。