高騰を続ける電気料金、激甚化する自然災害、そしてサプライチェーン全体で加速する脱炭素化の潮流。企業経営を取り巻くエネルギー環境は、今、大きな転換点を迎えています。こうした中、「守り」と「攻め」の経営を両立する切り札として注目されているのが、BESS(蓄電システム)とEMS(エネルギー管理システム)です。しかし、「言葉は聞くけれど、具体的に何ができて、自社にどんなメリットがあるのか分からない」と感じている方も多いのではないでしょうか。本記事では、BESSとEMSの基本から、導入による具体的なメリット、事前に知るべき課題、そして賢く活用したい補助金制度まで、導入検討に必要な情報を網羅的に、そして分かりやすく解説します。
BESSとEMSが、一部の先進的な企業の取り組みから、あらゆる企業にとっての「必須科目」となりつつある背景には、避けては通れない3つの大きな環境変化があります。
国際情勢の変動や化石燃料価格の上昇により、電気料金は過去にないレベルで高騰しています。特に、多くの電力を消費する工場や商業施設にとって、電気代は経営を圧迫する深刻なコスト要因です。今後もこの傾向は続くと見られており、電気を「買う」だけでなく、自ら「コントロール」する視点が不可欠になっています。
AppleやGoogleといったグローバル企業が取引先に対して再生可能エネルギーの利用を求めるなど、脱炭素化の動きは自社単独では完結しません。サプライチェーン全体でのCO2排出量削減が求められる時代において、**再生可能エネルギーの導入と、それを有効活用するための仕組み(BESS/EMS)**は、取引を継続し、企業競争力を維持するための重要な要素となっています。
地震や台風、集中豪雨など、自然災害は年々その激しさを増しています。災害による大規模停電が発生した場合、事業の停止は避けられません。重要な設備やデータを守り、顧客への供給責任を果たすために、非常時でも事業を継続させるための電源確保、すなわちBCP(事業継続計画)の強化が、企業の信頼性を左右する重要な経営課題となっています。
それでは、これらの経営課題を解決する鍵となるBESSとEMSとは、具体的にどのようなものなのでしょうか。基本を分かりやすく解説します。
BESS(ベス)とは、Battery Energy Storage Systemの略で、日本語では「蓄電システム」と訳されます。その名の通り、作った電気や電力会社から買った電気を一時的に「貯蔵」し、必要な時に「供給」することができるシステムです。主に以下の要素で構成されています。
EMSとは、Energy Management Systemの略です。施設内のエネルギー使用状況をセンサーなどで計測・可視化し、空調や照明などの設備を最適に制御することで、**エネルギーの無駄をなくし、効率的な利用を促す「司令塔」**の役割を担います。対象となる施設によって、以下のように呼ばれます。
BESSとEMSが連携することで、真価が発揮されます。例えば、EMSがAIを用いて翌日の天気や施設の電力需要を予測。その予測に基づき、「夜間の安い電気をBESSに充電し、電力需要がピークになる昼間に使う」「翌日が晴天なら充電を控え、太陽光発電の電気を最大限活用する」といった賢い充放電計画を自動で実行します。この連携こそが、エネルギー利用を最適化する鍵となるのです。
BESSとEMSの導入は、企業に具体的かつ大きなメリットをもたらします。ここでは代表的な3つのメリットを見ていきましょう。
企業向けの電気料金は、一年で最も電力を使った30分間(最大デマンド)によって基本料金が決まることが多くあります。BESSを活用し、工場の機械が一度に稼働する時間帯など、電力使用量が突出するピーク時に蓄電池から放電することで、最大デマンドを抑え、電気の基本料金を大幅に削減できます(ピークカット)。また、電力単価が安い夜間に充電し、単価が高い昼間に使用すること(ピークシフト)で、さらなるコスト削減が可能です。
万が一の停電時、BESSは非常用電源として機能します。生産ライン、サーバー、最低限の照明や空調など、事業継続に不可欠な設備へ電力を供給し、事業停止による損失を最小限に食い止めます。太陽光発電と組み合わせれば、停電が長期化した場合でも、日中に発電した電気を貯めて利用することができ、企業のレジリエンス(回復力)を飛躍的に高めます。
太陽光発電などの再生可能エネルギーは天候によって発電量が変動する不安定な電源です。BESSを導入すれば、日中に発電して余った電気を貯蔵し、夜間や悪天候時に利用することができます。これにより、再生可能エネルギーの自家消費率が向上し、CO2排出量を削減。環境経営を推進する企業として、投資家や顧客、地域社会からの評価を高め、企業価値の向上に繋がります。
多くのメリットがある一方で、導入検討にあたってはいくつかの課題も存在します。事前に理解し、対策を検討することが成功の鍵です。
BESSは決して安価な設備ではなく、導入には相応の初期投資が必要です。重要なのは、「何年で投資を回収できるか」という費用対効果(ROI)を事前にシミュレーションすることです。電気料金の削減額、補助金の活用、BCP対策による損失回避額などを総合的に評価し、自社にとって最適な投資計画を立てることが求められます。
主流のリチウムイオン電池は、適切な管理がされないと発火のリスクがゼロではありません。そのため、消防法などの関連法規を遵守し、信頼できるメーカーの安全性の高い製品を選ぶことが絶対条件です。また、BESS本体やパワーコンディショナーを設置するための十分なスペースと、搬入経路の確保も事前に確認が必要です。
蓄電池はスマートフォンと同様に、充放電を繰り返すことで徐々に性能が劣化します。多くのメーカーは10年以上の保証をつけていますが、長期的に安定して使用するためには、定期的なメンテナンスが不可欠です。導入後のメンテナンス体制や費用についても、事前にベンダーに確認しておきましょう。
数ある製品の中から、自社に最適なBESS・EMSを選ぶためには、以下の3つのステップで検討を進めることが有効です。
まずは、「何のために導入するのか」を明確にしましょう。「電気代を最優先で削減したい」「BCP対策が第一目的だ」「脱炭素化をアピールしたい」など、目的によって最適なシステムの仕様や規模は大きく異なります。
次に、目的を達成するために必要な蓄電池の容量(kWh)や出力(kW)を検討します。施設の電力使用量データ(30分デマンド値など)を分析し、過不足のない適切なサイズを選定します。同時に、EMSに求める機能(AIによる需要予測、遠隔監視など)も具体化していきます。
製品の性能や安全性はもちろん、導入実績や長期的なサポート体制も重要な選定基準です。複数のメーカーやベンダーから提案を受け、自社の課題に最も寄り添った提案をしてくれるパートナーを見つけましょう。費用対効果のシミュレーションや補助金申請のサポートなども依頼できるか確認すると良いでしょう。
最後に、BESSとEMSが実際の現場でどのように活用されているのか、具体的な事例を見てみましょう。
ある製造業の工場では、屋根に設置した太陽光発電システムとBESSをEMSで連携。日中に発電した電気をBESSに貯め、夜間の生産ラインで使用することで、電力会社からの購入電力量を大幅に削減。CO2排出量と電力コストの両方を削減し、環境貢献と収益改善を同時に実現しました。
24時間365日、無停止での稼働が求められるデータセンターでは、BESSを大容量のUPS(無停電電源装置)として活用。停電時のバックアップ電源を確保し、事業の継続性を担保しています。さらに、電力需要が逼迫した際にはBESSから電力網へ放電(デマンドレスポンス)することで、電力系統の安定化に貢献し、新たな収益源も確保しています。
BESSとエネルギー管理システムの導入は、もはや単なる省エネ対策やコスト削減の手段ではありません。それは、不確実性の高い時代を乗り越え、持続的に成長するための「戦略的投資」です。
電気代の削減やBCP強化といった目先の課題解決はもちろん、脱炭素化という長期的な経営テーマに対応し、企業価値を高めるポテンシャルを秘めています。
自社のエネルギー課題を見つめ直し、未来への一歩を踏み出すために、BESSとEMSの導入を本格的に検討してみてはいかがでしょうか。